神様仏様も味方につけちゃおう
私は神頼みが大好きです。 なぜなら楽だからです。 しかも、お金がかかりません。(お賽銭、ご祈祷代はかかりますが・・・) 神様を信じなくても、神頼みは通用します。 何故なら神様は誰にも等しくいるからです。 しかし、そう言っても神様を拒否する人もいるでしょう。 それでも、神頼みは効くのです。 それは、祈りと言う行為が神様に対してだけではなく、自分自身に対しての宣言であるからです。真剣な祈りはあなたの潜在意識に伝わります。具体的な希望をもって祈れば祈るほど、あなたの潜在意識の中で、将来のあなたが形作られていくのです。それは必ず現実の形となって現われてきます。 私の神様とのつきあい方
私は霊能者ではありません。ですから、直接御神霊と人の言葉でお話ができるわけではありません。ですから、傍から見たら一方通行のお付き合いかもしれません。しかし、確実に神様、仏様、御神霊、高次の存在と言うものがあるのだとは感じています。 だから、私は毎日そのような存在に語りかけ、答えをもらったり、道を示してもらったりしています。 それは、シンクロニシシティと言う形で訪れます。 時にはインスピレーションと言う形で降りてきます。 多くの場合は、目の前で何事かが起こることをありのまま受け入れることで、学ぶことになります。高次の存在を確信することで、目の前の些細なことが彼らの語りかけであることに気付けるようになります。 その神様など高次の存在とつながりを持つ行為が、瞑想や祈りです。 私の場合は、レイキを実践しながら神道と仏教を平行して信仰しています。 日々の中で私がしていることは・・・ 1 朝のお勤め 神棚の水を替え、灯明に火を灯し、祝詞を唱えて、新しい一日を迎えたことに感謝し神様の開運を祈る。 2 朝のお勤め2 仏像、お札に供えた水を換え、灯明に火を灯し、線香をあげ、般若心経を唱えて、今までの 過ちや業を懺悔し、今日一日を業の清算と功徳を積むことに励むことを誓う。またそのためのご指導を祈願する。(日によっては印を結び、真言も唱える) 3 発霊法を行う レイキの研鑚法である発霊法を行い、レイキが身体に満ちることを感じます。 4 何かがあることに、高次の存在の言葉としてその意味を自分の潜在意識に問い掛ける。 5 嬉しいことがあれば、高次の存在、神様と共に分かち合う。 (「神様ありがとう」と思いながら喜ぶ。感動的なシーンなども、神様の存在を感じます。) 6 一日の終わりに、「今日も無事にいろんなことが経験できた」と、感謝の気持を持って寝る。 7 神社・仏閣に行く機会を多く作り、できる限りその場の空気を吸い込んで帰ってくる。 (手を合わせるときは、「お導きありがとうございます」のみで、いちげんさんの所ではあま りお願い事はしない。怠け者の私にはお礼参りは大変だからです。) 至って平凡なのですが、おかげで愚痴を言うことなく、毎日豊かな気持を持つことができるのは間違いありません。 仏壇が欲しい
実は私、仏壇が欲しくてしょうがありません。 要はご先祖様への感謝の気持ちを行為として習慣にしたいのですが、誰も亡くなっていないのに仏壇を買うのは縁起が悪いと家族に反対されています。しょうがないので、大三輪教会で霊祠のお札を買ってきてそれを祀って、ご先祖様への感謝をするようにしました。 何故、私がご先祖様にこだわるようになったかと言うと、 あの世で、修行されているご先祖様への応援。 あの世から見守ってくれている方々への感謝。 の気持ちを、子供へ伝えることが子孫の繁栄に繋がると感じたからです。 神道では、ご先祖様は皆、神様なのです。(一神教の言う神ではありません。) ですから、ゆくゆくは自分も子孫にとって神様になるわけです。また、子供も神様の予備軍です。 ご先祖様に手を合わせることで、将来自分も同じことをしてもらうことを自覚するようになります。すると、自分の人生は自分だけのものと言うような我がまま勝手な刹那的な生き方は出来なくなります。それがひいては思慮のある生き方になり、子孫の繁栄へと繋がるわけです。 自然や宇宙への感謝も大切ですが、自分の存在の直接の元になったご先祖様への感謝も同じくらい大切なのです。 ご利益信仰も自己の探求もいいのですが、連綿と繋がる命の連鎖について考えることも忘れないでいるのが知性的な生き方ではないかと思うこのごろです。 |